日本酒を造る杜氏と歴史

日本酒づくりは、手間ひまと神経を使って作られる作業です。
日本酒づくりの長年の経験を活かして、あの芳醇な旨い酒が造られるのです。
日本酒の醸造に携わる職人を「杜氏」と呼びます。
杜氏は、酒蔵の最高製造責任者です。

日本各地に杜氏の流派が存在しています。
東北の津軽杜氏や南部杜氏、山内杜氏、庄内杜氏、会津杜氏、そして越後杜氏。
長野県には、小谷杜氏や飯山杜氏、諏訪杜氏がありますし、静岡県の志太杜氏、石川県の能登杜氏。
福井県の越前糠杜氏、大野杜氏。

京都の丹後杜氏や兵庫県の南担杜氏、丹波杜氏、但馬杜氏、城崎杜氏。
岡山県の備中杜氏。
広島県の広島杜氏、島根県の石見杜氏や出雲杜氏。
山口県の熊毛杜氏や大津杜氏。

高知県の土佐杜氏、愛媛県の伊方杜氏と越知杜氏。
福岡県の三潴杜氏、筑後杜氏、芥屋杜氏、久留米杜氏、柳川杜氏。
佐賀県には肥前杜氏がありますし、長崎県には、小値賀杜氏、平戸杜氏、生月杜氏があります。

日本でお米を用いた酒づくりをするようになったのは、現在のところまだはっきりとは分かっていません。
ただ、お米作りが定着した後であることは分かっているようです。
その後飛鳥時代に入ると、今で言うところの国家公務員的人間が酒づくりをするようになりました。
「造酒司」と言う部署が朝廷にあったそうです。
その後、酒づくりは寺院で僧たちによって行われるようになりました。
そして江戸時代に入った後に、現在の杜氏のような存在が登場しました。
そもそもの始まりは、夏のシーズンに農業で忙しかった人たちが、冬の間副収入を得るべき出稼ぎに行ったことだと言われています。
昭和に入ると、酒づくりの高いスキルをもった人達が海外に派遣されるようになりました。
植民地時代、現地で酒づくりをしている人達に指導する為です。
行き先は、台湾や満州、挑戦が多かったようですが、それよりも遠い国に行くこともあったそうです。

本来杜氏の働く時のスタイルは、前掛けをして鉢巻をして半纏を着た姿です。
それぞれのアイテムに色々な理由があってのことなのですが、現在はこういったスタイルではなく白衣を着て作業している人も多いようです。